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真珠養殖の由来

真珠の養殖とは、真珠貝であるアコヤ、白蝶、黒蝶真珠などに施術し、それらを養殖して真珠を形成させたものです。

 

歴史をさかのぼること約120年。明治26年に初めて、半円貝付真珠が養殖されました。その20年後ほどした明治40年には遊離真珠(真円真珠)の形成原理が解明されました。そのメカニズムが解明され10年も経たないうちに、真珠養殖の方法が確立され、実用化されるまでに至りました。

 

真珠養殖が始まってから35年が過ぎた昭和3年に真珠養殖の方法の特許技術権を取得し、真円真珠の生成技術は一般化されるに至りました。人工的な養殖の過程を経て、出来上がった真珠を養殖真珠と呼称し、ペルシャ湾で自然にとれる真珠を天然真珠と区別していました。

 

また、初の日本産の宝石として、世界各地に輸出し、1905年に明治天皇に拝謁する栄誉を得ています。しかしながら、当事一般には養殖真珠は本真珠ではなく、模造真珠であるのではないかと誤解をいだく人も少なくありませんでした。イギリスに進出して、3年後の1921年5月4日、ロンドンの代表的夕刊紙「スター」が、『某商人が日本産の養殖真珠を天然真珠として発売したが、これは精巧な品物で切断してみなければ見分けがつかない。この詐欺のため市場は大恐慌を来しつつある』と報じたのです。“今まで大切にして店の資産に計上していた天然真珠を三分の一以下に評価された、伝統を持ち、誇り高く、ロンドンのリージェント街に出店している外国商人にとって、驚異だったに違いない”と幸吉の娘乙竹あい「父、御木本幸吉を語る」には書かれています。

 

1924年フランスのパリで開かれた裁判で、日本最高の弁理士であった内村先生や動物学の権威宮島幹之助先生、またオックスフォード大学の動物学の教授リスター・ジェームソン博士、ボルドー大学の教授ブータン博士などの権威者が、御木本側に立った議論を展開しました。彼等の論を要約すると『養殖真珠は天然と外観は区別し難く、種玉(核のこと)が人工か否かの違いと、種玉に真珠層を巻かせる始動を人工的におこなうか否かにあり、真珠層そのものは養殖真珠も天然真珠も異ならない。しかるに真珠の真珠たる所以は真珠層にある以上「養殖真珠」は「天然真珠」と本質的に変わらない』(乙竹あい「父、御木本幸吉を語る」)というもので、天然貝と養殖貝の真珠には、全く違いが見られないことを明らかにし、全面勝訴しました。

 

全世界における日本の養殖真珠はこの「御木本パールのパリー裁判」によってその名を不動のものとしました。幸吉氏は「これがわざわい転じて福となし得た」と得意げに語ったそうです。さらにその後も、御木本幸吉氏が粗悪品の排除を徹底的に行うことにより、市場の確立に努めました。「粗悪真珠の焼却」時、燃やした真珠は36貫(136kg)と言われています。高級品である真珠を燃やしてしまうというイメージは、消費者に強い刺激を与えることになったでしょう。ことにより日本の養殖真珠の声価を維持し、一躍世界の隅々までその名を広めました。

 

真珠養殖技術の開発年表
1888年 御木本幸吉氏が三重県神明浦多徳島においてアコヤガイの養殖に着手、2年後の1890年に飼育の貝を使用して、真珠養殖試験を開始しました。
1892年 中村十作氏が八重山群島に渡り、クロチョウガイ真珠養殖に着手、1910年には奄美大島において伊谷壮吉氏らがマベによる真珠養殖を開始しました。
1893年 御木本幸吉氏が初めて半円殻つき真珠を産出しました。
1896年 御木本幸吉氏が半円殻つき真珠養殖の特許権「真珠素質被着法」を得ました。
1907年 見瀬辰平氏が初めて真円真珠に関し「介類の外套膜内に真珠被着用核を挿入する針」として特許権を獲得しました。
西川藤吉氏が真円真珠養殖に関し真珠形成法4件の特許出願、この一部は見瀬辰平氏の特許権に抵触する。これら4件は西川藤吉氏没後の1916年および1917年に登録されましたが、後者登録の特許権は「西川式」または「ピース式」と呼ばれ現在の挿核技術の基礎となっています。
1908年 西川藤吉氏ら真珠養殖試験に初めて垂下式養殖を試みました。小西菊次郎氏は西川藤吉氏の依頼によりドブガイ貝殻からの製核に着手しました。
1916年 藤田輔世氏が大珠真珠をつくるためフィリピンにおいて実験に着手、1920年にはセレベス、ブートン島に根拠地を設けシロチョウガイの真珠養殖を開始しました。
1917年 見瀬辰平氏、球形真珠形成法の特許出願、1920年に登録され、一般に「誘導式」と呼ばれるもので「西川式」と並んで当時の代表的技術となりました。
1918年 御木本幸吉氏、真円真珠養殖に関し「全巻式」と呼ばれる特許出願、1919年登録されました。
1922年 猪野秀三氏ら生殖腺部位に挿核し大珠真珠養殖に成功しました。
1924年 藤田昌世氏が琵琶湖貝類による真珠養殖試験に着手、1935年イケチョウガイによる淡水真珠養殖が開始されました。
1926年 三重県地方において避寒作業開始されました。
1927年 三重県英虞湾において作業中の真珠養殖業者が偶然、卵精子の放出されるのを認めたことから卵抜き法、いわゆる仕立て技術の端緒が開かれました。
1947年 三重県水産試験場が1923年から真珠母貝採苗試験を開始しました。
一般に事業化されたのはこの頃からになります。さらに1949年から業者に採苗予報を開始しました。
1955年 三重県賢島に国立真珠研究所が開設されました。

 

参照:三重県真珠養殖漁場協同組合 http://www.ohyamanet.com/~miepearl/history.htm#brand1

 

1.母貝の養殖

戦前は地元の海女さんが海に潜って、真珠養殖用の真珠母貝(玉貝)を取って、その天然貝を利用していました。しかし、真珠養殖業者が増えるにつれ、母貝が不足し、6月から7月にかけて天然に流れる種貝を杉の葉に付着させた貝を、大きく育てて利用するようになりました。近親交配もあってか、その後真珠貝の弱体化が進みました。さらに追い打ちをかけるように、平成8年から赤変化などによる斃死も増加しました。

 

ですので、現在では大部分が4月頃人工採苗された強化アコヤ貝(1mm程度)を仕入れをするのが効率的です。その後、念入りに掃除とカゴの入れ替えを行い、病気になるのを防ぎます。そして、2年後の4月から利用できる(一部1年後に利用できる)母貝に育てます。

 

2.貝掃除
アコヤ貝は海に吊っていると、カキ・フジツボ等の付着物がたくさん着きます。ですので、貝掃除機・貝掃除ナタを利用して付着物を外す作業を行わなければなりません。きれいに付着物を外さないと、貝が栄養分であるプランクトンを食べられず、弱体化する可能性があります。ただ、頻繁に掃除しても、貝に負担をかけることになるので、慎重に作業しなければなりません。また、アコヤ貝を濃塩水に漬ける塩水処理や真水に漬ける水処理も行います。

 

3.避寒作業

アコヤ貝は水温が10℃以下になると死亡するため、秋か春の間に暖かい漁場(九州など)へ移動させて春を待ちます。

 

4.母貝仕立て

挿核用の母貝は、挿核手術によるショック症状を避けるための「抑制(卵止め)」と「卵抜き」の仕立てを行います。「抑制(卵止め)」とは母貝を秋からカゴに窮屈な状態で育成して、春の挿核まで活動を抑え卵を成熟させない方法です。「卵抜き」とは母貝に刺激を与えて放卵させる方法で、5~7月に挿核する母貝に用います。

 

5.貝立てと栓さし

挿核手術の準備として、仕立てが終わった母貝の貝殻を開けたままにしておくために、くさび形の栓をさす作業を「栓さし」と言います。栓さし作業をするとき、貝口器で無理に貝殻を開けると貝の閉じる力が強いため、貝殻が割れたり貝柱が切れたりするので、栓さし前に「貝立て」の作業をします。「貝立て」の方法は貝立て箱に貝をぎっしりとつめて立て長時間貝を苦しめた状態で海中に吊るし、その後海水で満たした水槽内に開放すると、貝は大きく口をあけます。この時、貝口器を入れくさび形の栓をさします。

 

6.ピース

真珠は生殖巣の真珠袋の中で生まれます。アコヤ貝の外套膜は真珠質を分泌する機能があります。この外套膜の小片をピースと呼びます。

 

7.真珠核

真珠核は、主にミシシッピー川水系に生息しているイシガイ科カワボタンガイ亜科に属する淡水産二枚貝の貝殻を原料にして、真円に加工して使用します。

 

8.挿核施術

「核入れ」とも言いますが、アコヤ貝の生殖巣まで先導メス・ピース針・核挿入器を使用してピースと真珠核を挿入して、真珠袋を形成させる手術をします。

 

9.養生

挿核手術を行ったアコヤ貝の手術後の体力を徐々に回復させるために、養生カゴに入れて安静状態にします。

 

10.レントゲン

きれいな真珠を作るのには、アコヤ貝の生殖巣中にある真珠核の位置が重要になります。そのためレントゲンを利用して真珠核の位置を調べる作業も行っております。

 

11.沖出し

挿核手術後に養生期間が済んで回復してきたアコヤ貝は、沖合の真珠いかだへ段のネットに入れて吊るします。この状態で7ヶ月から1年6ヶ月の間、海の水温・酸素量・比重・プランクトン量などの漁場の変化に気をつけて、巻きの良い真珠を作るため貝掃除を繰り返し行います。

 

12.浜上げ

真珠の「テリ」「色」「巻き」の出来具合を調べるため10個程度の試験むきを行い、その結果により真珠の採取時期(収穫時期)を決定します。これらの真珠の収穫を浜揚げと言います。主に12月と1月に行います。